求めること・・・

 聖書では求めなさい・・・探しなさい・・・たたきなさい。
と言う言葉がある。

 この言葉は時に誤解される言葉である。

 というのも、求めるならば・・・なんでも与えられる、
ということである。

 しかしながら、私達が自分勝手に何でも求めて
それが与えられるのか、というとそういうことでは
ない。

 私達を造られた神様は、私達にとって何が必要な
ものかをご存知であり、最も良い、と思えるものを
与えられる方である。

 そしてそれは、聖書の神様が、単なるご利益の
神様ではなく、私達に人格を持って関わりをもとう
と思っておられる方であることを意味する。

 私達は一人ひとり目的を持って「造られた者」。

 その私達にできることとは、自分が変えられる
ことを見分け、変えられないことを受け入れること
に他ならない、ということ。

 礼拝にて二人の詩が紹介された。ぜひ参考に
されたい。

 「ニーバーの祈り」

神よ、変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。

ニューヨークリハビリテーションセンター
の壁にかかれた「病者の祈り」

私の祈りに対する神の応え

大事を成そうとして、力を与えて欲しいと、神に求めたのに
慎み深く、従順であるようにと、弱さを授かった

より偉大なことができるように、健康を求めたのに
よりよきことができるようにと、病弱を与えられた

幸せになろうとして、富を求めたのに
懸命であるようにと、貧困を授かった

世の人々の称賛を得ようとして、権力を求めたのに
神の前に跪くようにと、弱さを授かった

人生を享楽しようとあらゆることを求めたのに
あらゆることを喜べるように、生命を授かった

求めたものは何一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた
神の意にそわぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りも、すべて適えられた

私はあらゆる人の中で、最も豊かに祝福されたのだ
神は、私が必要とすることを一番よく知っておられる

願わくば、神は賛美され、祝福されますように・・・
(参考)
http://www.blueridge.edisc.jp/shiromama-new/health/byousha/byousha.htm